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神戸地方裁判所 昭和47年(む)71号 決定 1972年1月31日

主文

原裁判をいずれも取消す。

本件保釈取消請求を却下する。

理由

第一、本件準抗告申立の趣旨および理由は、準抗告申立書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第二、当裁判所の判断

一、(一) 本件記録によれば、被告人は、○○市○○○×番町所在の○○○○大学の学生であるが、(1)昭和四四年六月二〇日午前一〇時四二分ごろ、同大学社会学部一階玄関ロビーにおいてかねてから全共闘派学生の行動を批判する態度をとっていた同大学社会学部教授○○○を認めるや、矢庭に同人の胸倉をつかみ胸部を足蹴りしたうえ、さらに、その顔面を手挙で殴打するなどして暴行を加え、よって同教授に対し全治一〇日間の加療を要する鼻部挫創の傷害を負わせ、(2)多数の学生と共謀のうえ、同大学社会学部学舎に侵入してこれを封鎖、占拠し、威力を用いてその授業、研究などの業務を妨害しようと企て、同年一〇月九日午前七時五五分頃、ヘルメットを着用、鉄パイプ、角材などで武装した多数の学生とともに一団となって同大学社会学部正門玄関前に押しかけ、その立入りを禁止し、各出入口の扉を閉じて施錠した社会学部長○○○○の看守する右学舎内に、玄関西側スロープ通路を経て二階南側出入口から故なく集団で侵入し、一階正面玄関、東出入口、北出入口に多数の机、椅子などでバリケードを構築してこれを封鎖して占拠するとともに同学舎南にある図書館北側の窓ガラスに掲示した同学部長名の授業場所変更の掲示文をも破棄するなどし、同日午後三時一五分頃、同社会学部長から退去命令を受けたにも拘らず、午後五時頃まで同学舎の占拠を続けて、同学部教職員および学生の右学舎での授業研究などを不能ならしめ、もって威力を用いて同大学社会学部における授業研究などの業務を妨害したものであるとの公訴事実に基き昭和四五年一二月二八日付をもって神戸地方裁判所に公訴を提起され、右各事実につき勾留されていたものであるが、同四六年一月二六日同裁判所裁判官により保釈保証金二〇万円をもって保釈許可されていたところ、同四七年一月二二日神戸地方検察庁検察官によって同裁判所に対し「正当な理由なく同日午前一〇時開廷の公判期日に出頭しなかった」との理由で保釈取消請求がなされ、同日同裁判所裁判官は「被告人においてその指定条件に違反した」との理由で保釈を取消して保釈保証金二〇万円を没取する裁判をなし、同年一月二五日被告人が神戸拘置所に収監されたことが認められる。

(二) なお、本件記録によれば、原裁判は、保釈取消の理由については「被告人においてその指定条件に違反した」とするのみで取消事由の具体的内容を明らかにしていないが、≪証拠省略≫から判断すれば、原裁判は刑事訴訟法九六条一項一号所定の「召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。」に該るとして本件保釈を取消したと解される。

二、(一) そこで判断するに、右同条一項各号は保釈取消事由を定めてあるもののその取消しは裁判所の裁量処分と解される。しかし、保釈取消しは、要するに制裁ではなく、被告人の公判期日への出頭および有罪の場合の刑の執行の確保を目的とする制度であるから、その制度の趣旨から考えて、取消し処分の運用にあたっては、被告人の訴訟上の防禦活動を不当に制限することのないよう、具体的事案に即して慎重な判断が必要であり、取消しが裁量処分とはいえ、その裁量において著しく相当性を欠く場合にはその取消しも違法となると解せざるを得ないので、以下その点について検討することとする。

(二)(1) 本件記録によれば、被告人が昭和四七年一月二二日午前一〇時開廷の第六回公判期日に出頭しなかったことは明らかであるうえ、右記録上および当裁判所の事実調べの結果によっても不出頭につき正当な理由は認められず、従って被告人には、一応前掲の「召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。」と定めた取消事由に該当するといわざるを得ない。

(2) しかし一方、本件記録および前記事実調べの結果によれば、被告人は、第六回公判期日には午前一〇時に出頭せずして不出頭扱いになったものの午前一〇時四〇分には遅ればせながらも公判裁判所の書記官室に出頭し、書記官から第六回公判期日の変更および次回公判期日についての説明を受けていること、第一回から第五回公判期日にはいずれも出頭していること、第六回公判期日は、弁護人の発病による不出頭という事前の届出により、本件が必要的弁護事件であることから実質的審理を進行させれないことが判明していたことが認められるうえ、前記の経過によれば今後の公判期日への出頭の意思は一応首肯できるのであり、これらの事実からすれば、本件の場合、被告人には、保釈取消し制度の目的とする公判期日への出頭および有罪の場合の刑の執行の確保を危うくする程の特段の事情は存在しないと解するのが相当である。

(3) 従って、前述のとおり、保釈取消しが裁判所の裁量処分とはいえ、いまだ保釈を取消さなければならない程の事情の認められない本件の場合に、被告人の本件保釈を取消した原裁判には、その裁量において著しく相当性を欠く違法があったというべきである。

三、以上の次第であるから、被告人につき保釈を取消し、保釈保証金を没取した原裁判はいずれも失当であって取消しを免れず本件準抗告の申立は理由がある。

よって、原裁判をいずれも取消し、本件保釈取消請求を却下することとし、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山本久己 裁判官 山田敬二郎 小川良昭)

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